2015年6月号 特集 「消費者と企業の関係性」

流通の姿が大きく変わってきている。昨今注目される「オムニチャネル」という言葉に象徴されるようにネット、カタログ通販、店舗などチャネルが複合的に組み合わされることで、消費者のもとに製品が届けられる「流通経路」が多種多様になり、日々新しい形態が生まれている状況だ。このような大きな変革の時代になれば、消費者と企業の関係も変わっていくのも当然である。そこで今回は昭和女子大学現代ビジネス研究所 特命教授である上原征彦氏に、最新の消費者と企業の関係について伺ってみたい。JADMA第十代会長も務め、通販業界について誰よりも知るマーケティング・流通・経営戦略の専門家は、果たして今の消費者と企業の関係をどう見るのか。そしてどのような未来が待っていると考えているのだろうか。

 

昭和女子大学現代ビジネス研究所 特命教授
上原 征彦
うえはら ゆきひこ

1968年東京大学経済学部卒業。日本勧業銀行勤務を経て、1970年(財)流通経済研究所でマーケティングと流通の研究に従事。1979年、明治学院大学経済学部専任講師。同大学教授、ペンシルベニア大学客員研究員を経て、2004年明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授。2010年(公財)流通経済研究所 理事長に就任。2015年4月より、昭和女子大学現代ビジネス研究所 特命教授。

 

■流通の変化と通販の今後

本当に個別対応をするのなら「人間対人間」がやはり強い

――消費者と企業の関係性ということで、まずは流通の大きな変化として注目されているオムニチャネルについてお聞かせ願えますか。

上原 わかりやすく言えば、これは顧客接点の変化です。メーカー側からすれば注文はネット経緯でくるか、電話でくるかわかりませんが、一方でどのチャネルとどのチャネルを組み合わせてお客さんに商品を到達させるかを考えることができる。チャネルを選択するのではなく、チャネル同士を組み合わせる。これがオムニチャネルです。例えば、アパレル全般を扱う企業グループのなかで靴を扱う会社は、売りたい靴に合うファッションと一緒にGMSや百貨店に納入する方法がありますが、さらにその組み合わせをネットで顧客に見せたうえで、靴専門店、アパレル、さらには宅配を使って届けることができる。これを進めていくと、今までは考えられなかったような組み合わせも出てくる可能性もある。宅配業者がお客さんと信頼関係を築いてそこから注文が入るとか。

――酒屋の「御用聞き」みたいな感じですね。

上原 そう。オムニチャネルが進むと荒唐無稽な話ではありません。異なる顧客接点を結びつけていくということですから、ひとつのチャネルに集中するのではなく、いかに多くの接点を使って品揃えをして、注文へ結びつけるかが勝負になってくるのです。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木CIOがおっしゃっているように、オムニチャネルの歴史を見ると、最初は同一企業内で各自が自分の店とネットを用いるという「単一企業型オムニチャネル」が表れ、次にセブン&アイのようにグループ企業を結びつけた「企業グループ型オムニチャネル」が出てくる。こうなると宅配で頼んだものを店頭へ持ってきてもらうとかいろんなことができるのですが、最近驚いたのはネットスーパーで注文するとバーコードが送られてきてセブン-イレブンで決済できるというもの。交わることのない2つの購買行動をオムニチャネルで組み合わせたわけです。そして最後に表れたのが、グループ同士が手を組んだり、大きなグループの傘下になったりする「ネットワーク型オムニチャネル」です。異なる資本同士が顧客接点でつながるわけです。グループ同士の場合は、例えばセブン-イレブンとアマゾンのグループと、クロネコヤマトのグループが組むなど考えられます。実際、既にヤマトとセブンは一部で組んでいますよね。

――そう聞くと、店舗を持たない小規模通販事業者にオムニチャネルは厳しい印象ですが、そこはいかがでしょうか。

上原 厳しくなると思います。Webとカタログしかない小規模事業者は残念ながら組み合わせが限定されてしまいますからね。それにやはり一番強いのは人間対人間です。人と会うというのは目的と少しずれた冗長性がある。リタンダンスというのですが、これで相手のことがよくわかる。だから本当に個別対応をしようと思ったら、対面販売を駆使しているところが強い。それはオムニチャネルを開発したところを見ればよくわかります。メイシーズ、ウォルマート、テスコ、日本ではマルイ、セブン&アイ…これらの共通点はすべて店舗があるということです。

小規模通販は「専門性」を磨き、 巨大グループを「利用」せよ

――小規模事業者は「ネットワーク型オムニチャネル」に入っていくべきということでしょうか。

上原 ええ、そこで大切なのは「専門性」です。専門性があれば、巨大グループのオムニチャネルの中に入っても価値を持ち続けられる。ネットワークをインフラとして利用できるのです。ですから、あまり似たようなことをしている者同士が組んでもおもしろくない。質的にかなり異なるもの同士が、顧客接点を共通にしてどこでも買えるようにして、なおかつ物流も合理化していく。それが進んでいくと、小規模事業者が集まったネットワークができるかもしれませんが、なかなか難しい側面もある。日本企業が良くないのはすべて自前でやろうとすることです。こういう発想はPOSデータにも表れている。メーカー各社が分析しているのは自分たちの製品のPOSデータですが、本当は市場全体のPOSデータを見る必要があります。すると、全体のなかで自社のポジションがわかります。例えば、自社製品のデータだけ見ると一時的にすごく売れているので、生産を拡大すると失敗してしまうなんてこともあります。これは全体を見れば、市場が成熟期に差しかかっていたからです。全体を見ていたら生産を落として差別化を図るという戦略が見えて、失敗を回避できたわけです。これは流通経済研究所の実験でも明らかになっているのですが、自社の商品の売れ筋・死に筋だけを分析しても自社の位置がわかりません。つまり、自社にはないものも利用してベースを作って、その中で自社の強みがわかるような仕組みを作らないといけないということです。

――そのような俯瞰ができている企業はあるのでしょうか。

上原 ウォルマートです。納入しているメーカーとの間で「リーテイルリンク」というシステムがある。例えば、Aというメーカーがあれば、Aに関連する他ブランドのデータもすべてウォルマートが取る。もちろん、どこかというのは明かさず、A社が属しているカテゴリはこのぐらい売れていて、A社はどのポジションですよということを教えるのです。A社からするとこの情報は非常に有益で、かなり前から計画を立てられる。これがネットワークに入る利点ですね。あと、もうひとつ私が通販でかねてより必要性を訴えているのが、物流の共有化です。各社、システムは特注しているということですが、この特注は競争には関係ありません。他と比較ができないので本当に優位性があるかどうかもわからないのです。競争に勝つためにはどうしたらいいのかというと、やはり共通したものを作って、その中で自分の個性を発見していかなければいけません。しかし、残念ながら通販にはそのようなものが存在しない。これは通販業界の特徴であると同時に、課題ではないでしょうか。

――今後はどういう通販が伸びていくとお考えですか。

上原 これからはいかに消費者の生活に入り込んでいくのかがポイントですので、通販だけですと消費者はアソートメントを作りにくい。オムニチャネルなくしては的確に伸びていくことは難しいでしょう。つまり、通販も店舗を作っていかざるを得なくなる。あるいは、通販の良いところを見せて、店舗でも売る魅力をつけていく。ただし、売りっぱなしではなく、しっかりと店舗と通販との関係をつける。どういう時に店舗で買ってどういう時にネットで買うのか。この辺の意味をしっかりと分析することでしょう。


■行政と消費者のあり方

「結果」だけを追い求めていくと、「相手への思いやり」が欠如する

――このように流通が大きな変化を迎えているなかで、消費者はどのように変わっていくのでしょうか。

上原 だいたい3つの次元があると思っています。まずひとつは消費者間の個性化・多様化。なかでも最近特に進んでいるのが消費者“内部”の多様化です。ある時はおしゃれしてアパレルを消費して、またある時はイタリアンレストランを巡って消費する。一人の消費者の内部でも多様化が進んでいますね。そして2つ目が、健康・安心・安全など生存の意欲がかなり高まってきていること。豊かになってきたからもっと長生きして世の中を楽しみたいと思っているのかもしれませんが、理由ははっきりとわかりません。そして3つ目が利便性。ともかく便利なのが良いということが、今の消費者の姿を象徴していると思っています。

――どういうことでしょうか。

上原 例えば、かつてはお弁当というのは家で作って外で食べるというものでしたが、今はセブン-イレブンなどのお弁当は美味しく、スーパーでも買ってきて家で食べますよね。調理しないで済むという利便性が人気ですが、これはつまり食材を買ってきて料理するというプロセスを省略しているということです。プロセスを排除して結果だけ求めていく傾向が強まると人間はどうなるか。結果がすべてですから、こちらが望むような結果が出ない、結果が悪いとすぐ相手の責任にしますよね。これでは残念ながら人間としての能力が無くなってしまうのではないかと危惧しています。そういうことを問題にする時代じゃないと言えばそれまでかもしれませんが、私がここで問題にしている能力とは、「相手を理解する気持ち」のことです。もっとわかりやすく言えば、相手を思いやる気持ちが無くなっていくのです。もちろん利便性を求めるのは当然ですから、みんなでお弁当を買ってもいいんですよ。ただ、重要なのは、そのお弁当がどうやってできるかという知識を増やしていかないと駄目だということです。例えば、自動車などはその最たるものです。最近続々と自動ブレーキなどの装備が出ているように、いずれ、ハンドルを持たずに自動運転する時代がくるでしょう。ただ、機械ですから完璧ではありません。前の車に衝突するのを回避することはできても動いてくるものにどこまで反応できるのか。例えば、横から急に飛び出した子どもとか。すると当たり前ですが、機械に任せっきりにせず、ある程度は自分で操作しないといけなくなりますよね。その自動運転の機能をよく理解したうえで、運転のこともよく知らないといけません。自動運転ができるからといって結果だけを追い求めるのではなく、プロセスもよく頭に入れなければ良い結果を招かない。これはすべてにあてはまると思います。つまり、相手を慮る気持ちというものがなければ資本主義は生きていけないのです。

事故の確率やデメリットを考慮しない規制は、かえって世の中を崩壊させる

――企業と消費者という関係を考えた時、そこで行政はどのような役割を果たすべきでしょうか。

上原 行政のやるべきことは色々変わってきていますね。昔はどちらかと言えば社会福祉、それから世の中を整えたり規制したりすることでしたが、今は規制緩和ですよ。消費者利益だからと言って、過度の規制を避けることが今の行政のやるべきことでしょう。ついこの前、北海道の室蘭に出かけ、昔の知人に手紙を出そうと思って役所に住所を聞いたら、個人情報保護の一点張りで教えてくれない。こういう目的を越えた規制というのは、ものすごく生活を不便にしていますよね。だいたい、弁護士のような人々は過度の規制をしたがりますが、消費者関連の法律を見れば、決して何でもかんでも規制しようという方向ではありません。わかりやすく言えば、消費者も豊かになるために勉強しないといけませんと書かれているわけです。自分で勉強して社会的に成長していこうとしているのだから、それを妨げるような規制を行政はできる限り排除しなくていけません。

――行き過ぎた規制はどのような弊害があるのですか。

上原 規制を強めるということは、人間の頭で制度を考えるということですよ。これが世の中を悪くする。人間が自分で勝手に全体を統率する制度を極端に増やしてしまうと世の中は崩壊するというのは、共産主義を見ても明白です。人間は全知全能ではないので、ある程度は市場に任せないと駄目なんです。市場で売れる良い商品は多く作ると成功するが、悪い商品を作ると市場から捨てられる。市場を見ながら、我々は道徳的になっていく。マーケットを利用して人間が伸びていく。それが資本主義です。あと私から言わせると、例えばある事故が問題になった場合、すぐに規制しようという話になりますが、まずはその事故が起こる確率を見なければ意味がありません。確率が低いにも関わらず規制すると、規制したデメリットの方が規制しないメリットより大きくなってしまうのです。

――そのシミュレーションはできるのでしょうか。

上原 ちゃんと計算すればできますよ。電話勧誘販売も規制の方向に動いているようですが、以前から電話にまつわる事故の確率はかなり低いのではないでしょうか。しかも、通販企業に限定すればさらにそれは0に近づきます。トラブルの報告があったそうですが、電話のトラブルというのはものすごく抽象的概念だと思うのです。電話勧誘が嫌であれば、電話を切ればいい。留守電にして出なくてもいい。トラブル報告があったので電話勧誘をすべてストップさせるというのは、事故が起こるから電車の運行を停止しようというのと同じくらい乱暴な論理です。電車は多くの人たちを運ぶという役割がある。そのメリットを前提として、いかに事故を少なくするかというのが普通の考えですよね。電話もそうで、年を取ると字を書いたり読んだりするのが面倒くさくなるので、高齢者にとって電話というのはなくてはならないツールです。電話によってさまざまな情報を得ることができる。そのメリットをほんのわずかなトラブルで排除することが、本当にユーザーや社会にとってデメリットはないのか。比較しないといけません。むしろ重要なのは、電話して迷惑がかかる人がいるのなら、それをすべて規制するのではなく、どんなことをサポートしなければならないのかということでしょう。ひょっとしたら、このサポート費用をメーカーに負担させても良いかもしれない。そこからチャンスが出てくるかもしれない。そういう考え方をしないと駄目だと思うんです。もう一つ重要なことは、表現や行為をあまり規制すると非常に判断が難しくなる。マーケティングをしないでいると、企業は価格メカニズムに従属してしまう。消費者とコミュニケーションを取ることによって初めて自己主張ができてくる。企業が価格メカニズムから自立していくための必要条件。それをむやみやたらに規制してはいけません。


■消費者の動きと企業との関係性

消費者に評判の良い企業は、生産過程に消費者を巻き込んでいる

――消費者と企業との関係性はどうあるべきでしょうか。

上原 まず、お互いに知り合うことでしょう。消費者と企業は協働関係にあるんです。場合によっては企業だって消費者に手伝ってもらわないとうまくいかない。例えば、家具店で売られているタンスは、これだけでは消費できません。家に持って帰らないと使えない。でも個人で運べる人は少ないから自前の配送システムが必要になる。これで成長したのが大塚家具ですよね。でも、この配送費用がだんだん高くなっていくと、この配送システムを無くし消費者に負担させて、さらに自分で組立てさせようというノックダウン戦略が生まれる。それを成功させたのがイケアです。このことからもわかるように売り手と買い手は協働関係なのです。だから、売り手が電話をして買い手の気分が悪くなったら、電話を排除しようとするのではなく、電話の方法を互いに調整する。そうすることで、次の発展段階になっていくのです。

――互いに知り合うためにはどうすればいいのでしょうか。

上原 直接、質問すればいいんですよ。例えば今、企業がHPで自社サービスなどを説明していますが、あれを理解している消費者は少ない。直接のやりとりがないからです。マクドナルドの異物混入問題もそうですよ。どんな食品でも生産過程で髪の毛が混入する一定の確率がある。そういうことを企業と消費者が直接話し合い、理解し合っていればあのような騒動は起きていません。理想論だと言われるかもしれませんが、これは消費者とは何なのかという根幹的な考えです。今世の中で言われていることの多くは買い手の論理なのですが、本当は買い手が売り手を作っていくんですよ。消費者が良くならないと良い売り手も現れません。どちらが先かと言えばやはり消費者なんですよね。1962年にジョン・F・ケネディ大統領が唱えた「消費者4つの権利」のなかにも、「知らされる権利」が入っていますが、これは受け身ではなく知るための努力もしなければいけないということです。だから、私もよく消費者の方たちに言いますよ。「企業が悪い悪いって言いますが、それはあなた方が売り手を指導するような行動をしていないからでしょ」と。ちゃんと自分の目で選択すれば、企業は必ず良い方向になります。それはつまり、結果だけを見ないで、生産過程の特徴を知るということです。実際、消費者に評判の良い企業というのは、生産過程に消費者を巻き込んでいるケースが多い。例えば、カゴメは消費者をトマトの畑に連れていき、どうやってトマトを作るのかしっかりと理解してもらう。もちろん、同じようなことをやっている通販企業も多いですが、みんながみんな最初から完璧にできたわけではありません。なかには、お客さんと多少のトラブルがあったり、嫌がられたりということがあって、その失敗から学び、過去のマイナスを取り戻すくらい立派な企業となって社会貢献している企業もあるじゃないですか。ですから、ここで私が一番言いたいのは、メリット、デメリットを考慮しないで単に規制を強めてしまうと、消費者が企業を育てることができないということです。規制によってマーケティング手段を固定化して一番困るのは、これから成長していく中小企業であることは明白です。つまり、規制は産業の発展を阻害するのです。

「売るための関係性」ではなく、 「目的としての関係性」を目指す

――これからの通販は、どのように消費者と向き合えばいいのでしょうか。

上原 通販の強みはやはりお客さんに対して深く入り込んでいくことです。単品のリピート通販もそうですが、固定客と商品がしっかりと結びついている。ただ、その一方で、固定客を商品の売れ行きだけから見過ぎるという面もあります。これから重要なのは単に商品を売る目的だけではなく、固定客と話し合う方向に持っていくことです。そこから新たな需要が生まれるのです。つまり「売るための関係性」ではなく、「目的としての関係性」です。コールセンターで商品の説明や注文ではなく人生相談のようなことをしているJADMAの会員企業もあります。ただ問題は、こういう貴重な情報を共有していないことです。このようなお客さんの悩みをデータ化して分析するビックデータからはさまざまなものが見えてくるでしょう。この分野を計量的に研究しているのが、例えば上智大学経済学部の新井範子教授です。このような関係性を重要視していくことこそが、これからの通販には必要ではないでしょうか。先ほども申し上げたように、お客を集めることでは通販は店舗に敵わない。しかし、通販はお客さんに近づくことができる。これに対面を付加していけばもっと強くなる。つまり、通販から店舗を作るのはかなりコストがかかりますが、共同して店舗をつくることもできます。実はそれだけの可能性を秘めているということなのです。

―――消費者とも一人の人間として、関係性を作っていくということですね。お忙しいなか有意義なお話をありがとうございました。

上原 ありがとうございました。

 

 

 

 

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