2014年12月・2015年1月号 特集 「理念を貫き成長するには」

企業には必ず「理念」というものがある。かつて「経営の神様」といわれたピーター・ドラッカーは、この「理念」というものが実は企業に必要不可欠であり、成長をもたらす鍵になることを、イギリスの小売業マークス&スペンサーを例に出して説いた。庶民に対して上流階級の人々がつかうような品質のものを提供することで大きな成功をおさめたこの会社の理念は「階級社会の打破」。つまり、彼らは安価で品質の良い品物を武器に、社会に大きな改革をもたらせようとしたわけだ。実はこれとよく似た企業が現代日本にも存在している。ユーグレナ社だ。2005年の設立から10年も待たず東証一部上場を果たすなど大きな成長を遂げている彼らには、マークス&スペンサーに負けないほど明確かつ壮大なミッション(使命)がある。それは、「ミドリムシ(学名 ユーグレナ)」という完全栄養食をもってして「人と地球を健康にする」―。明確な社会改革意識をもつ企業こそが成長をする、というドラッカーの理論を体現しているユーグレナ社の出雲充代表取締役社長に「理念を貫く経営」について聞いてみた。

 

代表取締役社長◎出雲 充
資本金◎47億9,649万3,540円
設立年月日◎2005年8月9日
本社オフィス◎東京都文京区後楽2-6-1 飯田橋ファーストタワー31F
中央研究所◎横浜市鶴見区小野75-1 リーディングベンチャープラザ4F
生産技術研究所◎沖縄県石垣市白保287-14
バングラデシュ事務所◎Flat #2-B, House #3, Block #C, Road #7, Niketon Housing
Society, Gulshan-1 Dhaka-1212, Banglades

 

■すべてはミドリムシから始まった

バングラデシュの「現実」、ミドリムシとの「出会い」

――ユーグレナ社といえば、「僕らの武器はミドリムシ」というスローガンを掲げるほどミドリムシにこだわっている企業ですが、そもそもミドリムシに注目した経緯を教えてください。

出雲 大学1年の時、バングラデシュに旅行へ行ったんですね。生まれて初めての海外で戸惑うことばかりだったのですが、なかでも一番驚いたのが、意外と飢えている人が少ないということでした。バングラデシュというのは北海道の1.5倍くらいの面積しかないにもかかわらず、人口が1億5000万人もいてとても人口密度が高い。さらに、その半分以上の人が1日の所得が1ドルにも満たない「世界で最も貧しい国の一つ」ともいわれています。ですから「きっとお腹をすかせた人がたくさんいるんだろうな」というイメージがあったのですが、実際に現地に行ってみるとまったく違う。実はバングラデシュは米がたくさん獲れるので非常に安い。今月も現地の高級スーパーで確認したら1キロ30円程度でした。つまり、貧しい人たちは大勢いるんだけれど、毎日カレーライスのような食事を摂ることができるので飢えている人というのは少ないんです。ただ、ひとつ大きな問題があって、米で腹を満たすことはできるのですが栄養失調の方が多いんです。当然ですよね。彼らのカレーには肉や野菜という具は何も入っていないのですから。こういうバングラデシュの現実を目の当たりにして帰国したんですね。そして、どうすればあの国の人たちを元気にできるのかということを考えていた大学3年生の時、1年下の後輩からミドリムシという「完全栄養食」の存在を教えてもらったんです。それが今うちの取締役で研究開発の責任者である鈴木健吾です。

――ミドリムシという存在を初めて知った時はどう思いましたか?

出雲 まず「動く」というのが驚きましたね。ミドリムシって植物なんですよ。光合成しますし、生物としてはワカメや昆布の親戚にあたるものですし簡単に言えば0.1ミリ程度の非常に小さな海藻なんですね。でも、動く。植物は動かないのにミドリムシだけが動けるんです。さらに、植物なのに動物性のたんぱく質も入っていて、青魚のDHAも入っていて、人間が生活するために必要な植物と動物の59種類の栄養素が全て含まれている。だから「完全栄養食」という表現はまさにぴったりなんですよ。バングラデシュで目の当たりにした現実に、このミドリムシとの出会いがあれば、誰だってこのミドリムシをバングラデシュへ持っていって、栄養失調の子どもたちを元気にしたいと思いますよね。そうしてできたのが、この株式会社ユーグレナという会社なんです。

最初のハードルの高さで逆に「ファン」が生まれやすい

――ただ、ミドリムシを「完全栄養食」として実用化するまでは大変なご苦労があったそうですね。

出雲 そうですね。ミドリムシの培養というのは非常に難しいのです。栄養が豊富にあるということは、色んな雑菌とかバクテリアとか、カビとか酵母とか昆虫とか、とにかくみんな寄ってくるということです。だから我々が実験室で培養しようとしても、すぐに菌が繁殖してミドリムシが食べられてしまう。実は研究の世界では、20年以上も培養を試みては失敗するという繰り返しだったんですね。この研究をしていたのが、先ほど私にミドリムシの存在を教えてくれた鈴木なんです。彼と一緒になって研究を重ねていき多くの研究者の協力もいただいて、2005年12月に世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功したわけです。

――そんな苦労もありましたが今やユーグレナというものがすっかり世に浸透した印象です。先日もユーキャンの新語・流行語大賞に「ミドリムシ」がノミネートされました。

出雲 いやいや、まだまだです。我々のもとに取材に来られるような方とか、ミドリムシに関心があるような方は2回3回耳にすると「ああ、だいぶ広まってきているな」と思っていただけるんですけど、一般社会ではユーグレナと言ったところでまだ通じませんよ。むしろ、ミドリムシのことをイモムシとかアオムシの類の虫だと勘違いされている方が圧倒的に多い。でもそのように「何かの虫なんでしょ」とか「怪しいし聞いたことがない」という感じで最初のハードルが高いということで、逆に良い面もあるんです。例えば最近、私がよく申し上げているのが、「騙されたと思ってじゃなくて、騙されてミドリムシを一口食べてみてください」ということです。ミドリムシという言葉の響きから、みなさんあまりおいしくないものを想像していますが、私たちのミドリムシサプリやミドリムシが入った商品は何を食べてもおいしい。独特の匂いがするとかもないですし、飲みにくいということもない。だから「あれ?何か思っていたイメージと違う」とすぐに受け入れてもらえるんですね。

――最初のハードルが高いがゆえ、それを乗り越えてしまうとすんなりとファンになるということですね。

出雲 その通りです。だから私はユーグレナのことを「痛くない注射」と表現しています。「注射」って聞くだけで、皆さんすごく嫌がるじゃないですか。もちろん、実際に痛い場合もある。ところが、我々のユーグレナは「痛い」というイメージはあるが、実際はまったく痛くない。臭くもないし不味くもないので、騙されて打ったとしてもまったく問題のない「痛くない注射」というわけです。それどころか、人間に必要不可欠な59種類の栄養素がしっかりと入っていて病気になりにくい。「注射」としては非常に優れている。だから当然、良い話しか広まりませんよね。ミドリムシを摂ってからお通じが良くなったとか、うちの旦那さんはビールが大好きでおいしいものばっかり食べて尿酸値のコントロールができなかった人なのにプリン体の吸収抑制効果で尿酸値がダウンサイズしたとか。こういう口コミも広がってくれば、「なんでこんなに良いものを今までやってなかったのかしら」と気づいた方からミドリムシを生活に取り入れられるんですね。こういうジワジワとした普及というのがミドリムシの特徴ではないでしょうか。最近はようやく少しずつ世に広まり始めたかなという感じですかね。高いハードルをよじ登って、ちょっと手を掛けていただいたというお客様が増えてきている印象です。

■私たちが通販に参入した本当の理由

「あさイチ」の紹介で注文殺到

――ユーグレナ社は2年前に通販に参入しましたね。

出雲 今や全体の売上げの4分の1近くに成長させることができました。電話とネットも両方やっていますが、お客様はどちらかに偏っているわけではありません。年齢層に関しても特に年配の方だけが多いという印象はありませんね。

――順調に成長を遂げているという印象ですが、いかがでしょうか。

出雲 ゼロから4分の1ですから、そういう意味では順調なのかもしれませんが、実際はまだまだわからないことも多いです。例えば先日もNHKの「あさイチ」で、ユーグレナ・ファームの緑汁の粉末をヨーグルトにかけるとお通じが良くなるということで、「スーパーミドリムシヨーグルト」なんて感じで取り上げていただいたのですが、コーナー終了直後から電話がじゃんじゃん鳴り始めるわけです。それはうれしいのですが、5分もしたら回線が混んでしまった。ようやく繋がったお客様からも「こんなに繋がらないのは初めてよ」とアドバイスを受けるのでさらに繋がりにくくなるという悪循環に陥ってしまい、しかもなかには画面に映っている番組内容への問い合わせ番号へかけて「ユーグレナに電話しても繋がらない。ミドリムシがなくなったらどうしてくれるの」と抗議をするお客様も現れる始末で…。NHK側も「これはミドリムシの注文番号じゃありません」などと対応するしかなく大変なご迷惑をおかけしました。こんな調子が1週間ほど続いたので、お客様に物をお届けするというのは本当に大変だと再認識しました。

お客様からのフィードバックが「学び」と「やる気」をもたらす

――そんな大変な通販をわざわざご自分たちでやろうと決めた一番の理由は何でしょうか?

出雲 確かに大きい倉庫があって、自分たちのトラックもあるという、通販を専業で行っている会社にお願いした方が手間はかかりません。収益性だってそちらの方が良いという場合もある。にもかかわらず、なぜ私たちのようなメーカーが自分で売るんだと不思議に思われるかもしれませんが、私たちからすると、「売る」というところがお客様との唯一であり一番の接点だからなんです。例えば、我々はハードカプセルにミドリムシの粉末を入れてサプリメントの形で販売しているんですけど、そのカプセルをいちいち取って、お味噌汁に入れたり、先ほどの「あさイチ」のようにヨーグルトに入れたりしているお客様が非常に多いんですね。実はこの商品を売って5年も経つのに、通販を始める前はそういう召し上がり方をされていることを知らなかったんです。「美味しいし体にも良いので、おじいちゃんやおばあちゃんも喜んでくれています」なんて声をいただいて初めてわかった。このようなお客様の生の声が聞けるようになったことが、通販をやって一番良かったと感じることです。お客様との接点が生まれて、そこから会社としても非常に学ぶことが多いのです。なかでも特に大きいのは、代理店などを通じてではなく直接、お客様などからのフィードバックが来るということ。もちろん厳しい意見もありますが、そのフィードバックによってそれを次に活かそうとか、どうすれば解決できるのかというアイデアが沸いてくる。この規模の会社にしては研究も品質管理も力を入れているという自負はありますが、やはり内部だけで意見を交わしてもレベルは上がりません。ものづくりをしている人間はユーザーから教えられることが一番参考になりますし、何よりもユーザーの反応でモチベーションが上がる。品質管理も同様で、お客様から直接フィードバックが来れば我が事として気合いが入ります。これが通販の最大のメリットであり、参入した理由なのです。

――ということは、通販はユーグレナ社の事業運営の中でも重要なポイントにもなっているということでしょうか?

出雲 極めて重要な柱ですよ。個人的には、ものづくりに特化しているメーカーほどやるべきだと思っています。先日、世界中の飛行機メーカーに部品を納入されている会社の社長さんと話をする機会がありました。「うちの部品がないと飛行機は飛ばない。世界中からメーカーが買いにくる」と満面の笑みで胸を張っていらしたのですが、社長以外の他の社員はあまり笑顔じゃないんですね。ですから、私はその社長さんに言いました。飛行機の部品を直販というのは現実的に難しいでしょうから、ネジ一本でもいいから直販をしてみてください。そこでお客様の反応があるだけで、社員たちのやる気は変わるかもしれません、と。「売る」ことでお客様と「接点」を持つことはそれほど価値のあることだと私は思いますね。

■ユーグレナが貫く「理念」とは

ミドリムシで元気になった子どもたちの健康や学力を科学的に分析

――先ほど伺ったユーグレナの設立経緯からも、社会貢献の意識が非常に高い印象を受けますが、もともと社会貢献への思いからこの事業がスタートしたのでしょうか。

出雲 いや、そういう発想ではありません。法人の最大の社会貢献というのは、大きな収益を得て納税することです。そのうえで、私どもがやろうとしているのは、世界でミドリムシを培養できるのは我々だけなので、それを必要な方たちのもとへ届けるということです。その方向は自ずと2つに絞られると思っているんですね。まず、原料としてのミドリムシを独占して、高い値段で買ってくれる人に買ってもらってしっかりとした収益を上げていくこと。これはこれで税金を納めることで、大きな社会貢献ができるわけです。もうひとつは、みんなでミドリムシを共有して、バングラデシュの栄養失調の子どもたちに届けて、元気になってもらうこと。今ある技術を独占する道と、共有することで幸せになる道と、その両方があって、私は共有の方向で、ミドリムシがどこまで世の中で活躍できるか見てみたいのです。
――技術を独占するのではなく、様々な会社と協力しながら、事業やバングラデシュへの援助を進めていきたいということですね。

出雲 ええ。ただ、今は日本からの援助と上からの立場で話していますが、もうあと30年、40年したら日本の方がバングラデシュの人たちに助けてもらわないといけなくなると思いますよ。かつての日本がそうだったように経済成長は人口が一番大切です。事実、1億5000万人いるバングラデシュは10年で倍というペースで経済成長を遂げています。将来的には世界経済の中心はインドかバングラデシュになっていると私は思っています。一方、日本はどうかといえば、資源も人口もなく苦しいのは間違いない。高度成長期の時代がもう一度来ると思っている人は少ないですよね。その時、指導的な立場になっているバングラデシュの大人たちが思い出すわけです。かつて日本はミドリムシの技術を独占するのではなく色んなこと教えてくれたし、栄養失調の我々を助けてくれた。つまり、困った時はお互い様だ、と経済大国になったバングラデシュが日本を助けてくれるわけですよね。経済だけではありません。例えば、栄養失調のバングラデシュの子どもが大きくなってピアニストや芸術家になった。その時は恐らく中国が一番裕福になっていますけど、そこでみんな中国でコンサートや絵の展覧会をやらずにわざわざ日本に来てくれる。日本のサントリーホールや新国立美術館に心意気で来てくれる。昔、日本にはずいぶん助けられたからその恩返しにということでね。私はピアノが好きなので、ついこんな未来を想像してしまうんですけど、やはり最後にはこうなるんですよ。実際にユーグレナでは今、バングラデシュの2600人の小学生に毎日ミドリムシ入りの給食を届けています。今はクッキーですが、このように1日1回ミドリムシを摂ることで、果物、野菜、肉、卵の栄養素も摂れて、子どもたちを元気にしようという試みなんです。実際に子どもたちはすごく元気になったし、お母さんたちも「ずいぶん食欲が増えた」と喜んでくれているのですが、もちろんこれはあくまで感覚に過ぎません。そこでミドリムシを食べている群と食べていない群を、身長・体重から始まって健康状態や例えば学力とか、いくつかのインデックスで2年くらい科学的に分析を行い、現地で研究を進めているところです。

東京オリンピックでは「ミドリムシを当たり前に」

――「共有」というお話が出ましたが、そのような出雲社長の経営理念は会社全体に「共有」できているのでしょうか。

出雲 今のはあくまで私のやりたいことであって、会社にいる約80人の仲間たちにもそれぞれ夢や目標がある。世界一周旅行したいとか、車が好きだから改造してレースに出たいとか。これをひとつにすることはできません。ですから順番なんですね。まずは私がやりたいことをみんなに手伝ってもらう。それを実現できたら、次は他の人のやりたいことをみんなに手伝ってもらう。それを実現できたら、次は他の人のやりたいことをみんながサポートする。仲間同士の夢を順番にかなえていく。こういう考え方を共有できる仲間しかユーグレナ社にはいません。最初にジョインしていただく時に確認するからです。ちなみに、ユーグレナ社には「社員」という人は存在しないんです。これまでの9年間、取材や対外的な発言でも「社員」という言葉は1回も登場していません。社員ではなくて夢を実現する仲間。「ユーグレナ社のやりたいことに一緒に取り組む」ということを我々は24時間365日考えています。それをわざわざ口に出して言うことは滅多にありませんけど、80人の仲間にもそれは伝わっていると思います。

――最後に、ユーグレナ社としてのこれからの目標を教えていただけますか?

出雲 まずはやっぱりバングラデシュですね。ミドリムシで元気になる子どもを100万人にすることが私どもの約束ですので、10万人くらいになったら他の国にも広げていきたいという思いはありますが、まだ2600人ですから先は長いですね。ダッカに事務所をつくり3名が張り付いて、バングラデシュ政府のサポートもいただいていますので、頑張っていかなきゃなと思っています。もうちょっと近いところでは、2020年東京オリンピックの時くらいまでにはミドリムシを普通の食材にしていきたいですね。まずは流通会社とも力を合わせて、販売網を広げていく。お客様に「最近はどのお店に行ってもミドリムシ商品があるわね」と思っていただけるようにしたいですね。直販に関しても同様です。現在のコールセンターも拡充していきます。流通も直販もスタートしたばかりで、まだ特別なものというイメージのあるミドリムシを東京オリンピックまでには当たり前にしたい。IRや投資家説明会でも使っている表現ですが、「ミドリムシを当たり前に」というのが今後6年間の目標です。

 

 

 

 

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