2014年9月号 特集 「産業としての通販の可能性」

先日、経済産業省は2013年の国内のBtoC-EC市場規模が11兆1,660億円まで拡大したと発表した。少子高齢化等に伴い多くの分野で国内市場が収縮する中で、EC市場は順調に成長を続けている。しかし、そのECを含む通販という産業がこの先どのように成長し、どのような未来をつくっていくのかというところまではまったく見えてきていない。特に当事者というのは自分自身の正しい姿を思い描くことはなかなか難しい。業界の外から客観的に、この数字、この成長を見た時、果たしてこの産業にはどのような未来があり、どのような可能性があるのか。これに特に強い問題意識を持っているのは、やはり産業の振興を担う経済産業省であろう。そこで今回は、これまでも多くの産業で現場目線のサポートをしてきた経済産業省商務流通保安グループ消費経済企画室長・伊藤正雄氏に「産業としての通販」について伺った。

 

経済産業省 商務流通保安グループ
消費経済企画室長
伊藤正雄 いとうまさお

1996年通商産業省(現・経済産業省)入省。製造産業局化学物質管理課や中小企業庁商業課などを経て、2007年には和歌山県庁に出向。企業立地課長(2007~2008年)を務めた後、企業政策局長(2009~2011年)を歴任。その後、経済産業省において地域経済の活性化に向けた政策や、エネルギー関連の政策に携わった後、2014年7月より現職。趣味は妻との買い物や散策、料理、ドライブ、ギター、フルート。1972生まれ、大阪府出身。

 

■通販業界についての印象

どんどん姿形を変えていくアメーバのような面白さ

―まずは伊藤さんご自身についてお伺いします。流通分野を担当するのは初めてだそうですね。

伊藤 流通自体は初めてですが、もう少し広く捉えれば、過去に中小企業庁商業課におりまして、平成18年、19年にまちづくり3法(大店立地法、中心市街地活性化法、都市計画法)の見直し・改正を担当させていただきましたので、まちづくりといった面的な側面と中小小売・卸業の分野の政策立案といった観点から取り組んだという経験があります。

―これまではどのような業種や分野を担当されてきたのでしょうか?

伊藤 前職は原子力関連でしたので少し違いますが、私自身の希望もあって、例えば基礎産業局(現在の製造産業局)で産業機械・エンジニアリング分野を担当したり、今申し上げたまちづくり関係のほか、山口県と和歌山県に合わせて6年半出向させていただき、主に現場目線での仕事をさせていただきました。今回担当させていただくことになりました消費経済分野というのは自分にとって未開拓の領域ですので、大変ありがたく思っています。

―そのような未知の分野である「通販」について、どのような印象をお持ちですか?

伊藤 私の個人的な印象としましては、業には「縦」と「横」があると思っています。いわゆる鉄鋼業や化学産業など、まず物を作って、そこから派生するサービスを拡げていくのが「縦」型の業界だとすると、通信販売や情報通信などは、どのような業種にも横断的に応用が可能な「横」型の業界であると私は捉えています。そのため業振興と言っても、ひとえに商品やサービスの質を上げるという「縦」の視点だけではなく、「横」の業界としての視点も重要になってくるのではないかと考えています。そもそも「通販」というのは、ひとつの販売形態を称したもの。同じ「通販」であっても、そこで売っている商品は家電、洋服、食品、コンテンツなど多種多様で、媒体もテレビ、カタログ、新聞広告、インターネットなど多岐にわたります。さらに、通販が取り扱う商品やその販売手段は、年々、ますます「横」の拡がりを見せており、そのようにどんどん姿形を変えていく面白さのある、まるでアメーバのようなイメージがある産業ですね。
「通販」は、これまでの日本の産業群にはなかった非常に魅力的な業態だと思います。事実、通販は他業種と連携することで通販のみならず、連動して様々な産業群の販売を中心とした商慣行を大きく前進させ、成長を遂げました。その代表が物流です。しかし、今後は物流との連携だけでなく、他の魅力的なマーケットやツールを探し当てて、そこと連動していくことで業態変化を目指していくのではないかと予測できます。この通販の「業態変化」に非常に関心があり、そういう方々を応援したいという気持ちがあります。

―ご自身も通販を利用されますか?

伊藤 はい、よく使います。特に今は子どもが生まれてまだ2カ月ほどなので、妻も付きっきりで育児をしなくてはならず、通販は非常に重宝しています。購入するのはやはり子ども関連の日用品が多いですが、食材も購入しますね。私は通販の分野を担当するのは初めてで、様々な情報、知識に触れることがまずは大事だと思い、通販業界に関する書籍を買おうと霞ヶ関の本屋へ足を運んだりするのですが、ほとんど置いていないのですよね。そこでネット通販で探してみるとサッと見つかる。やはり通販は、品揃えも豊富で、便利で気兼ねなく商品を選択できますし、価格についても割安に感じられ本当に助かりますよね。私は1972年生まれで、幼少の頃は通販は決して身近な存在ではありませんでしたが、多くの人と同様に今や必需であって、その手段無しには消費が考えられないほど、ごく普通に生活を支えてくれている存在になっています。国内外を問わず、人々の消費購買性向を最もダイナミックに変化させたツールを生かした代表的産業であり、少し大げさかもしれませんが、人類の生活や価値観の変質に大きな影響を与え、また、与え続ける産業だと思いますね。

「質による淘汰の時代」の到来

―では、経済産業省として通販をどう捉えているのか、産業としてどのように振興しようとしているのか、教えてください。

伊藤 消費者目線で見れば、物理的制約のない豊富な品揃えの力であったり、翌日に配送されるスピーディーさであったりという部分が目立ちます。そうした消費者需要にすぐマッチする力や、企業としての価値、信用というのが消費者に少しずつ根付いてきています。新しい市場である通販がここにきてようやく産業の形態としてひとつの独立した業種になってきていると、理解しています。他方で、通信販売が有する長所に付随する独特の危うさと言いましょうか、例えば、商品表示の問題など、やはり業界全体として抱える課題もあります。食品偽装や誤認をもたらす表示など、常に消費者目線で商取引のあり方を考えていくための業界としての自主的な対応を、行政が網羅的に規制を検討する前の段階で、しっかりと検討し、消費者からの信頼を勝ち取っていく産業文化が必要だと思います。経済産業省として後押ししていく領域はまさにそこになります、これが1つ。そしてもう1つは、業界の将来像を共有し、展望と課題を整理した上で、民と官でそれぞれ何を順番にやっていくべきかという検討を深め、実行していくことが必要と考えます。ものづくり産業群などは個別業毎にそのようにして業態進化を遂げて来た歴史がありますが、通販業界もその段階に来ていると感じます。この羅針盤を描き、業界の皆様の取り組みを後押ししていくことが当省としての政策領域となります。

―通販市場についてはどのようにお感じですか。

伊藤 我が国産業を取り巻く厳しい事業環境の中、通信販売は5兆円台を維持できており、変わらずに拡大基調であるとみています。これは、現時点では消費生活の動態にしっかりと根付き、それを先取りしてきたことを証左していると考えられます。他方で、細かく解析すれば多様な側面も見えてくる訳で、決してこの傾向が安泰的なものであると考えず、更に新鮮性や革新性、物理的制約の無い品揃えなどの長所を生かした商取引上の前進と、そして知的品質や知覚価値を基とする企業期待・信頼感の増進、更にはマーケットそのものを拡大していくための他の業種・業態への連動といった企業活動そのものとしての「質」の深化を求めていかなければならないのではないでしょうか。

■行政規制と業界振興の均衡

事業者全体を一方的に規制するような世の中は良くない

―1970年代や80年代前半という通販にもいろいろトラブルがあった時代に比べると格段に質は向上しましたが、それでもまだ詐欺サイトや一部の悪質業者がいるのも事実です。

伊藤 それを自浄作用で回復していくような取り組みが必要でしょうし、大事なのは、ではそれをふまえてこの先どうなるんだというところまで見据えて消費者の信頼を高めていく取り組みだと思います。物流が強い、商品やサービスが素晴らしい、などの「質」は向上され、ではこの先どういう進化をして、どのような展開で業態発展の道があるのかというところまで考えなくてはいけない時期にきているのではないでしょうか。例えばある大手コンビニは、当初は単純にモノを売るだけの小売店だったのが、物流に力点を置き小売に影響を与え、流通小売業として競争力を得るに到っています。更には「プライベートブランド」という形で生産者にまでその影響力を伸ばしている。ただ、このような業態発展の道筋を、役所が「こう進むべきだ」と決めつけるのはマイナスでしかありません。もちろん、私なりに思いはありますが、やはり事業者の方々と自由に議論して決めていくべきですし、答えはひとつではないと思うんですね。いくつかのパターンがあって、その中で、こういう業態発展をしようと思った時、短期中期的にどういう課題があって、それを解決するのにどうすべきか、という中で、当省として何ができるのかを見極めていきたいですね。

―役所の見極めという点では、「行政規制」についてはいかがお考えでしょうか?

伊藤 直近でも食品偽装の問題が生じるなど消費者の不信、不安感が根強い現実はありますが、良質な事業者側は不当に利益を得る業者には市場から退場してもらいたいと願っているわけです。そういう意味では、真に悪質業者を排除する規制が必要なのであって、事業活動を一律に規制するようなことまで求められているわけでもないでしょう。消費者の安全・安心を守るために規制制度は必要であるとは思いますが、規制というのはその必要性を見極め、関係者の方々のご意見をしっかり踏まえた上で、精緻に制度設計されるべきものであって、最大限、自らを律し、自らの取り組みで課題を探って解決していくことが望ましいと考えます。そのような自主性こそが、社会経済が発展するうえの源泉だと思っています。自主性を軽視して、上からガバっと全体に網をかけて、「すみません、悪い人は一部なんですけど、全員に規制かけます」というのでは事業活動の柔軟性が損なわれ、発展機会の喪失に繋がるのみならず、消費者の選択肢の縮小にも繋がりかねません。ただ、そう言えるためには、事業者の方たちが自主的な取り組みとして悪質な業者を排除するように対応していただいているということが大前提となります。それは事業者の方もみんなわかっている。そのうえでどうするかという議論をしなくてはいけないということです。先ほども申し上げたように、通販というのはまだまだ未開拓のフロンティアをたくさん抱えている。つまり、課題先進型の業種とも言えるわけですね。こういう業種というのは、一般消費者から見たら他の業種に比べて問題が浮き彫りになりやすい。だから、事業者も我々もそうならないような消費者安全対策に先進的に取り組まなければいけません。

消費者と事業者を対立させず、双方の距離が埋まる行政策を

―業の振興と規制という2つを考えるうえで、どのようなことが大事だとお考えですか?

伊藤 私としては、消費者と事業者を二項対立にしないことが一番大事だと思っています。やはり消費者のためにも、事業者のためにも、双方の距離が埋まるような行政策というのが一番求められているのではないでしょうか。とはいえ、消費者庁ができて消費者委員会とともに消費者の安全対策が進められていく中で、規制というものがどんどん強化されているのは事実です。今後も、景表法への課徴金制度導入の検討、消費者契約法の改正見直しがあってさらに特商法の見直しをどうするかという流れになっていくでしょう。消費者と事業者を二項対立にはしたくないと申しましたが、一方的な意見が重視されるだけでは対立文化を形成してしまう恐れもあり、危惧しています。

―このような対立を避けるためにはどうすればいいのでしょうか?

伊藤 消費者庁の創設以来、消費者委員会とともに消費者行政の一元化に基づく施策が講じられてきましたが、しっかりと事業者側の意見をこれに反映させていく仕組みが必要だと思います。そのような意味では、今後検討が深められるであろう諸制度の見直し検討に際しての事業者意見の反映をどうシステム化していくかという点と、施策の検討を始める段階から事業者が政策立案に組み込まれていく仕組みが必要だろうと思います。

■消費者保護とJADMAへの期待

役所に求められているのは世の中の基盤を作ること

―初めから法律を守る気もないという悪質な業者の場合、いくら規制を厳しくしても、その規制を通り抜けるような新しい悪さを考えるという現実もありますね。

伊藤 イタチごっこなんですね。そういう意味では、消費者自身も判断力を高めていく、消費者教育みたいなものも大事でしょうね。

―教育といえば、今度の消費者庁長官が文科省出身だということもありますので、消費者教育についても期待しています。

伊藤 そうですね。その辺は、大いに期待したいですね。他方で、おっしゃるとおり本当に一部の悪い人のために全体の評価が下がっているという問題もあるので、しっかりとした業者に正しい評価がなされるような社会にすることも大事です。例えば、この企業は消費者にとって非常に良いサービスを提供しているとか、すごく良質な商品を出しているとか、評価してあげる仕組みを作ること。それは行政の役割でもあると思います。私は役所が行うべき最後のところは「公定力」だと思っています。要は、役所、つまり政府が言っているのだから安心してください、と世の中に訴えるプラットフォームというか基盤を作ることではないかと思っています。やはり、がんばった人が報われるというのは大事だと思いますよ。

業界に求められているのは「まとまっていく力」

―JADMAについてはいかがでしょうか?

伊藤 多くの通販事業者の方々が社会的な責任に対して前向きだということが、JADMAからも伝わってきます。例えば、消費生活アドバイザーの資格をもつ方が対応する消費者相談室「通販110番」などもそうです。消費者にとってはもちろん、企業側からもかなりニーズがあるのではないでしょうか。企業内で相談を受けるところとは別に、第三者的な役割というのはかなりあると思っています。我々がどうのこうのと言う前の段階から、しっかりと経験を積んでこられて、結果も残されていますので、このような取り組みはやはり大事だと思いますね。

―通販業界としては何が求められているとお思いでしょうか。

伊藤 今、求められるのは消費者安全対策も含めて、まとまって何かをやっていく力だと思いますね。通販業界はやはり個性豊かな人達が多い印象です。老舗産業界とは異なって、独立独歩の精神もあるのでしょうが、この個の強みは維持しつつも、業界としてまとまって何か声を上げていくパワーも培っていく必要があろうかと思います。やはり、「業界」を支えていくとのマインドをお持ちの方々も大勢いらっしゃいますし、価値観を共有されている方々同士であったり、地域毎であったり、いろんな会合もされているようですから、それを最後、全体の絵姿に仕上げる力というのが、JADMAや当省の役割と考えます。

―お話を伺っていますと、社会貢献の意識を強くお持ちですね。最初から公務員志望でいらっしゃったんですか。

伊藤 ええそうです。経産省は風通しが良く、政策領域も広範なこともあって魅力的でしたし、現在でもそうだと思っています。役所といえども産業振興を担うところなので、仕事を与えられるのを待つのではなく、商社のように柔軟な発想と果敢な行動力、そして広い視野をもって業務に打ち込める環境が魅力的なのではないでしょうか。私はじっとしているのが苦手な方で、例えば、1日に100人すれ違うのと1人しかすれ違わないのでは、自分に与える影響も些末ながらきっと違うんだろうと思って、価値観を豊富で多様なものにしていくことを心がけています。

―お仕事がお忙しいと思いますが、ご趣味はありますか。

伊藤 趣味といいますか、今は、休日に妻と買い物などにブラブラと出かけるのが好きですね。最近はスーパーに行くと、商品の表示をよく見るようになりました(笑)。

―本日はお忙しい中、ありがとうございました。

伊藤 ありがとうございました。

 

 

 

 

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